デンマークの学校では、10月半ばに1週間の秋休みがある。
もともとはジャガイモ収穫の手伝いをするためのお休みだったらしく、別名「ジャガイモ休み」という。デンマーク人の大半が農民だったころのなごりだろう。農民が人口の3、4%になってしまった今では、ジャガイモ休みという言葉も、あまり聞かれない。
秋休みのはじまる前日は、なぜか全国いっせいに「走る日」だ。デンマーク中の小中学生が走る。これにもなにか由来があるのだろうが、聞きそびれてしまった。
ともかく、はじめて「走る日」についてのプリントを学校からもらったときは、驚いた。幼稚園クラスから2年生までは3キロ、3、4年生は5キロ走り、5年生以上は2.5キロ走って8.5キロサイクリング、それからまた2.5キロ走るというのだ。ふだん走る練習をしているという話も聞かないのに、いきなりそんなに走れるのだろうか。
プリントに
「この日は、生徒、先生、学校の職員だけでなく、親の方たちのための日でもあります。保育園に行っている子どもの親の方たちも、大歓迎です」
と書いてあるし、クラスのおかあさんたちも何人か「私も行くわよ」というので、私も幼稚園クラスの娘について行ってみることにした。
まず、校庭に学校中の生徒や先生、親たちが集まり、準備体操をする。それから、順に学校を出た。で、……「なあんだ」と、拍子抜けした。低学年のグループはだれも走っていなかった。親も子ものんびり散歩を楽しんでいるようだ。
学校の周りには、広い畑や牧草地が広がっている。森もある。その中をおしゃべりしながら歩くのは、気持ちがよい。
道のわきの木に、ときどき妙なものがぶらさがっている。「学校に帰ったらクイズがあるから、おぼえなくちゃ」と、2年生の子に教えられ、いっしょにさがしながら歩いた。 ぶらさげられていたのは、風船、かさ、水着、リボン、長ぐつ、運動ぐつ、魚取りの網、バケツ、黄色い麦わら帽子の9つだった。一つ見つけるたびに、子どもたちと初めから暗唱する。デンマーク語の発音練習みたいだと思った。
途中でりんごを一つずつもらった。かじりながら歩く。小さくて、真っ赤で、甘ずっぱい。昔のりんごの味だ。
白に黒いぶちの太った動物がいた。「馬がいる」と教えてくれた子に「牛じゃないの」といったとたんに「ヒヒーン」といなないたので、みんなが笑った。そばにヤギもいる。遠くには、ヒツジたち。牛もあちこちに散らばっていて、こちらをながめている。
子どもたちが通ったので、首を伸ばしてきた馬がいた。道端の草をたばねてさしだす子、かじりかけのりんごをあげる子。
森に近づいた時、二年生の子が「ここにはバンビ(小鹿)がいるの」と教えてくれた。「きのう、体育の時間にここを走っていたら、バンビが出てきてみんなを追いかけたの」。
「へえー」と言っていたら、ほんとうに子鹿が走りだしてきた。もうかなり大きくなっていて、背中のもようは消えかけていたが、娘は「(ディズニーの)ビデオのバンビとそっくり」と、よろこんでかけだした。他の子も走りだした。
バンビはぴょんぴょんはねながら、しばらく子どもたちといっしょに走った。 森のはずれでバンビと別れたら、じきに学校についた。
教室で、オレンジソーダを1本ずつ、それから、いろいろなものの絵が描いてある紙ももらい、自分の見つけたものに色をぬって、「3キロ走りました」の証明書を受け取った。
高学年の子どもたちの方は、走っていたらしいが、だれが何番、というのでもなく、疲れたときは休みながらと、やはりのんびりした雰囲気だったようだ。 中学校のころにやった「校内マラソン大会」のようなものを想像していた私は、また常識の違いを痛感することになった。
秋休みが過ぎると、夜がどんどん長くなってくるのを日ごとに感じるようになる。
嵐のように風の吹く日も多いが、田舎では、晴れた日には星がほんとうにきれいだ。月も大きい。東京から来た私たちには、空いっぱいの星は、とてもうれしいものだった。
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