日本では、3月が卒業のシーズンだが、デンマークの卒業シーズンは5月から6月。 ふつうの学校は、10年生まであり、子どもたちは9年生ないし10年生で義務教育終了試験を終え、5月末に卒業する。私の子どもたちがはじめの1年あまり通ったアスコウの学校は、7年生までしかなかったので、ほかの子の終了式と同じ日、つまり、夏至の前日に、7年生の卒業式があった。
卒業の前日に、5年生から7年生までの子どもたちは「水かけごっこ」をする。最初は水でっぽうの応酬、それからポリ袋を使ったり、さらにはバケツで水を浴びせたり。卒業生と5、6年生の対抗、ということで始まるのだが、やっているうちにめちゃくちゃになってしまう。卒業を祝うのと、夏が来たよろこびとがいっしょになって、爆発する。この日は、子どもたちは頭のてっぺんから足の先までずぶぬれになって家に帰ってくる。
当日の朝。警笛をプープー鳴らす音、鐘をカンカンたたく音と子どもたちの叫び声で目をさました。先生の運転する車に乗った卒業生たちがさわいでいる。朝6時ごろに学校に集まり、先生といっしょにコーヒーとパンの朝食をとってから、町に繰り出すのだ。先導は、愛車のハーレー・ダヴィッドソンにまたがった校長先生。
ほかの子どもたちが登校するころ、卒業生たちはキャンディを手に待ち構えていて、やってくる子どもたちにキャンディを投げつける。
卒業生は、下級生の教室にも、かごいっぱいのキャンディを抱えてきて投げこむ。投げられたキャンディを受けとめては、袋に入れる子どもたち。
ひとしきり、そんなことをやってさわいでいるうちに、式の時間になる。ふつう、親は式に出ないのだが、夏休み中にコペンハーゲンに引っ越すので、先生たちにあいさつしようと学校に行った私は、「いっしょにどうぞ」と言われて、出てみることにした。
全校生徒が講堂に集まっていた。子どもたちは床にすわったり、わきに立ったりしている。式というよりも、ただ集まっているという感じだ。私は今度退職されるエレン先生の隣に座った。エレン先生は長男の英語の先生で、長女のデンマーク語の個人授業もしてくださった。笑顔のやさしい先生だが、日本の教育事情などもよくごぞんじなので、おどろいたことがある。
校長先生がごく短いあいさつをして、歌をみんなでうたう。夜まで明るいデンマークの夏のよろこびを歌った、伝統的な美しい歌だ。
それから、卒業する子どもたちが、数人のグループごとに歌をうたったり、楽器を演奏したりする。ポップスやロックが多い。髪を緑色や紫色に染めたり、かためたり、はでなお化粧をしたり、洋服をあちこちやぶいてみたりと、どの子もせいいっぱいのおしゃれをしていて、なんともほほえましい。ほかの子どもたちや、先生たちは、拍手や声援をおくる。
「たのしくていいですね」とエレン先生に話しかけると、「家庭的でいいふんいきでしょ」とにこにこされる。
最後に、子どもたちから担任の先生たちへのプレゼント。包みを開けた先生が、贈られたワインを高々と掲げる。あたたかい笑い声と拍手。それから、子どもたちが先生のもとにかけより、先生に抱きつく。そのようすを見ていると、それまで先生とともにすごしてきた時間がゆたかでたのしいものだったのだろう、と感じられる。
校長先生がエレン先生の退職を紹介し、エレン先生があいさつする。エレン先生のもとにも、子どもたちがかけよってくる。エレン先生も、子どもたちを一人ひとり抱きしめる。
「学校をお辞めになったら、どうされるのですか」「小さい船を持っているから、夫といっしょにデンマーク中の海を航海するわ。家にいる時は、庭仕事をしたり、本を読んだり。やることがたくさん待っていて、わくわくするの。この子たちの近くに住んでいるから、みんなが大きくなるのを見るのもたのしみ」
コペンハーゲンに移って半年たったころ、1年生になっていた下の娘が「大きくなったら先生になりたいなあ。でも、先生になるのはたいへんだ。元気で、頭がよくって、いろんなことを知っていて、子どもが好きでなくちゃいけない。うん、それがいちばん大事なこと。子どもが好きでなくちゃ、先生になれない」とつぶやくのを聞いた。
「先生は自分たちのことを大好きなんだ」と自然に子どもが感じられるような関係がずっとあったのだなあ、と思いながら、頭に浮かんだのはこの卒業式の光景だった。
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