魚姫の国から
――デンマーク教育事情
第1回 コペンハーゲンの人魚姫の像

3人の子連れで留学


子どもと教育(あゆみ出版発行)
1998年4月号掲載

インターシティの家族車両

いましかできない…と

1995年4月、私は11才、8才、そして6才になったばかりの3人の子どもたちといっしょにデンマークへ旅立った。

この国の話を聞いたのは、そのちょうど1年前のことだった―――。

7歳から9年間の教育の義務はあるが、就学の義務はない。どんな場で、どういうかたちで教育をするかは、親が決める。

8年生になるまでは、試験もしてはいけないし、成績表もない。

この国の人たちは、原発をつくらないことを話し合いで決めた。風力発電、メタンガス発電、太陽光発電など、環境を汚さない発電の割合を増やそうと決め、着実に実施している---

日本では理想論として片づけられることがあたりまえにできる国があるのだなあと思った。 デンマークに住んでいる人たちがどんなことを考えて生きているか、子どもたちがどんなふうに育っているか、知りたくなった。私たちの子どもたちにとっても、常識の違う世界にふれることは、これから生きていく上での大きな力になるのではないか、と思った。

「きっといましかできないよ。行ってみたら」という夫のことばに元気づけられて、準備をはじめた。

デンマークには、17才半以上の人ならだれでも行けるフォルケホイスコーレ(国民高等学校)という寄宿制の学校が100校以上もある。芸術、スポーツ、手芸など単科のものから、いろいろな科目が学べるところまでさまざまだ。試験はない。資格も取れない。生徒と先生が生活をともにし、互いに話を交わすなかでそれぞれの「生きる意味」を見つけ出す場となっている。 いろいろ問い合わせてみて、130年の歴史をもつアスコウ・ホイスコーレの夏のコ ース(3か月)と、冬のコース(6か月)をとることにした。

子ども連れの旅で

3か月の学生ビザが下りたのは出発前日だったので、覚悟を決める間もなく、登山用リュックサック、スーツケース、スキーバッグなどに手当たりしだいに荷物をつめ込んだ。子どもたちはそれぞれのリュックサック。

「あっちへ行けば寒いから」と、かさばるコートは着込んでしまった。海外旅行というより、難民の移動のようだった。

飛行機が離陸したときに、はじめて「ああ、ほんとうにデンマークに行くんだ」と思った。 コペンハーゲンに着いてみると、異常気象でなんと25度(翌年の同じころは5度だった)。汗だくになってホテルに着いた。フロントの人が薄汚れた家族の到着に驚いて手をひろげた。

そこで3泊し、特急列車インターシティでユラン(ユトランド)半島に向かう。列車の端の家族車両。子どものあそび場があって、ブロックやクッションであそべるようになっている。家族席と普通席との間にプラスチックの透明なしきりがあり、少々騒いでも気にならない。乳母車を置くスペースもある。小さい子ども連れにはありがたい設計だ。

車窓には、麦畑や菜の花畑、森などがつぎつぎに現われる。馬が一頭だけぽつんと立っていたり、牛が数頭、のんびり草を食んでいたりする。ところどころに、風力発電の白い風車が見える。1時間あまりで、シェラン島の端に着く。フェリーが口を開けて待っていて、列車ごとフェリーに乗り込む。

フェリーの中では、甲板に出て、海や、建設中の橋を眺めたり、ビュッフェで軽いものを食べたり、あそび場であそんだり。このフェリーはシェラン島とユラン半島を行き来するときの最大のたのしみだった。去年6月に海底トンネルが開通し、橋も完成したので、フェリーは廃止になってしまった。少し残念な気がする。

澄みわたる空の下

フュン島に入ると、わらぶき屋根の農家が見える。とてもかわいい。まさにアンデルセンの童話の世界だ。なぜか黒い羊が多い。列車はアンデルセンの生地、オーデンセにも止まる。

ユラン半島への鉄橋を渡ると、列車は3つにわかれ、それぞれ北、西、南をめざす。私たちの乗る車両は西のほうへ。ヴァイエンという小さな駅で降りる。

そして、しばし茫然。土曜日の午後3時前。駅前にはだれもいない。駅舎も閉まっている。子どもたちを待たせてあたりを走りまわった。やっと一軒、灯りのついた店を見つけ、中に入って、タクシーを呼んでもらった。運がよかった。第4土曜日だったから、ふつうの土曜日より遅くまで店が開いていたのだ。

タクシーに乗って5分。アスコウ・ホイスコーレに着いた。あたりを散歩してみる。広い澄みきった空の下に色とりどりの花が咲きみだれる。芝生の上をノウサギが跳ねていく。木立の中をキジがゆうゆうと歩いている。

「うわあきれい。こんなにきれいなところがあるなんて、しらなかった。でんまーくにきてよかったなあ。おともだちができるといいなあ」

末娘が何度も何度も叫んだ。同感だった。


伊藤美好(いとう みよし)

※ 写真は、インターシティの家族車両。デンマーク鉄道のホームページ http://www.dsb.dk より。許可を得て転載。

※ 雑誌にはこのほかにデンマークの地図を載せました。このページでは、 ここをクリックして 地図をご覧下さい。


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