パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 19

生徒と先生

先生にいちばん必要なことは『子供好き』

東京新聞:1998年10月6日掲載

クラスのヒュッテツアーに出かける3年生の子供たち。右手前のめがねを掛けた男性がカリザン先生

青少年学級のコンピューターコースの先生は、長女のクラスの副担任、ヨーン・カリザン先生だった。 デンマークでは、普通、先生と生徒はファーストネームで呼び合うのだが、この先生のことはみんな「カリ」と呼んでいた。 国語の先生が担任に、数学の先生が副担任になるのが通例のようで、カリ先生も数学を教えていらした。 娘によると、3年生の数学の時間は、ドリルや、コンピュータなど、それぞれ自分のやりたいことをやって、わからないことがあると、「カリ、ここがわからないよ。教えて」と、先生を呼ぶのだそうだ。

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デンマーク語読み書きコースからコンピューターコースに移った息子に対し、カリ先生は、「マリアンヌ(長男の担任)から、話は聞いているよ。 これは、学校のコンピュータを使って好きなことをする時間だよ。 わからないことや、知りたいことがあれば、教えます。 もっとも、もし、僕の方が君より知識があったら、だけどね」と言って、ウィンクし、大きな身体を揺すって笑った。

最初の時間、息子が自分で作ったゲームを持って行くと、カリ先生が「こりゃすごい」と他の生徒を呼んで見せてくださったという。 作ったゲームで他の子と遊ぶこともよくあったようだ。 同じクラスの女の子たちも数人いて、スキャナーで写真を取り込んでカードなどを作る手伝いもずいぶんしたらしい。 無口なのは相変わらずだが、こんなことを通してコミュニケーションが取れるようになり、息子の表情は日増しに明るくなっていった。

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ある日、担任のマリアンヌ先生から弾んだ声で電話がかかった。 「今日、彼が初めて私に話しかけてくれました!」。 秋休み前の「お楽しみ会」にクラスでやる劇の練習を「どこでやるのですか」と先生に聞いた、ということだった。 本人は「分からなかったから聞いただけ。 今までは、とくに聞くことが無かったから何も聞かなかった」と、淡々としているのだが、先生は「心を開いてくれた」「このごろ表情が柔らかくなってきて、にこにこしている時が多くなったようです」と、喜んでおられる。 一人の生徒のことをこんなに思ってくださるのか、と胸が熱くなる想いがした。

マリアンヌ先生が特別というのではない。 デンマークで出会った多くの先生たちにほぼ共通して「子どもたちが学校で充実した時をすごすこと、楽しい気持ちでいること、何か自分にとって意味のあることを学んでいると感じていることが、大切だ」という認識があった。

「人生で一番大切な時に、1日の一番いい時間を長時間過ごすのだから、学校での生活は楽しくなくては」という。 だから、子どもたちの表情や、子どもからの反応にとても気を遣う。

「教師の仕事は、自分が教えたいことを子どもに詰め込むのではなく、子ども自身が学びたいことを見つけるのを待って、それを助けることだ」という考えが染み渡っているように感じた。

「大きくなったら、先生になりたいなあ」。 学童保育からの帰り道、デンマークで1年生になった下の娘がひとり言を言っていた。 「でも、先生になるのはたいへんだ。 まず、幼稚園の先生。 とっても元気で、いろんなことができて、子どもが好きでなくちゃいけない。 学校の先生は、もっとたいへん。元気で、頭が良くて、いろんなことを知ってなくちゃいけない。 それから、子どもが好きってこと。 うん、これがいちばんだいじなこと。 子どもが好きでなくちゃ先生になれない」

ああ、この子はいい先生たちに出会ってきたのだなあ、とうれしく思った。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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