パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 14

いやがらせ

『いじめ』を許す大人に育てるな

東京新聞:1998年7月7日掲載

校庭で遊ぶ子供たち

アスコウの移動教室に参加した数日後の金曜日。いつもより早く息子が帰ってきた。 バタンと荒々しくドアを閉める音。「今日は早いね」と言って見ると、泣いている。 「けんかした」と一言。「隣の子にいやなこと言われて、我慢できなくなって、ボールペンを机にたたきつけたら、びっくりして逃げ出したので、追っかけたら、他の子に止められた。 もういやだ」

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学校に電話をしてみた。担任の先生のいない日なので、要領を得なかったが、怒って泣きながら走っている息子を見かけた他のクラスの先生が、彼をなだめて同級生に付き添わせて家に帰らせたということだった。

土曜日は夫が帰国する日で、空港まで送って行った。 息子は、「もう日本に帰りたい」とつぶやいた。

月曜、火曜と学校を休んで家にいるうちに、気持ちが少しほぐれたのか、ぽつりぽつりと学校での事を話し始めた。 「隣の席の子が、授業中に机の陰で僕の足をけったり、つねったり、たたいたりする。 それに、ぎゅうっと押してくるので、机からはみだしてしまう。 『やめろ』と言うと、『僕なんにもしてないよ』と言う。 けりかえすと、『僕はなんにもしてないのに、なんでけるんだよ』と言う。 『やった』と言うと、『いつ』と言う。 答えると、『何語でしゃべってるの。わかんないよ』と言う。いやだから無視しようとすると、耳元で『日本人、日本人』とか小さい声で言う。 毎日、毎日そんなで、もう疲れた」

「先生に言ってみたら」と言うと、「暴力ってほどのものじゃないから、聞いてくれないと思う。他の子も、僕の方が悪いと思っていると思う」と言う。

私も、少しためらった。先生に言っても「こんなささいなことで」と、相手にもしてもらえないかもしれない、と思った。 でも、これはデンマーク語の語彙の乏しい息子にとっては抵抗しようのない大変な苦痛だ。

どうしようかと迷ううちに、学校ですれ違う度に「何か気になる事があったらすぐに言って下さいね」と校長先生に声をかけられることを思い出し、夜、担任の先生に電話をした。

隣の席の子について「デヴィッドは親切な子ですよ」という言葉が返って来た時は、話しても無駄かと思ったが、息子の言葉を伝えると、一瞬の沈黙の後、「じゃ、明日の朝8時に教室に来て下さい。詳しい話を聞きましょう」と言われた。

次の朝、学校に行くと、校長室に通された。 校長先生が深刻な顔をして待っている。 息子の話を繰り返した。 聞き終わると、校長先生は立ち上がった。「1回きりなら偶然の出来事と言えるかもしれないが、これは明らかに意図的ないやがらせだ。本人と話をします」

担任の先生が口を添える。「深刻な問題だとわからせるためには、校長が直接話した方がよいと判断しました。こうしたことが許されると思ったまま大人になっては困りますから」

「ただ、私が話をすることで、デヴィッドが腹を立ててもっとひどいいやがらせをすることも考えられます。その時は、すぐに近くの先生に言うこと、校長室や、図書室に逃げることなど、伝えて下さい。 うまくいくといいのですが」と言って、校長先生は部屋を出ていった。

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先生の対応の速さにも驚いたが、裏目に出ることもあり得るというところまで考えて対応を考える冷静さに、ほっと安心した。

また、「自由時間の家」での説明会の時にも感じたことだが、先生の側に「いじめを許す大人に育ててはいけない」という強い責任感があることに、うれしい思いがした。

しばらく緊張して過ごしたが、幸い、これ以後いやがらせをされることはなくなったという。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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