コペンハーゲンに引っ越して2ヶ月たった9月の始め。長男のアスコウでの担任の先生 から電話があった。「今、学年の旅行でコペンハーゲンに来ているのよ。明日会いに来ま せんか」。9月は「移動教室」の多い時期だ。長女もクラスの「ヒュッテツアー」(森の中の小屋に泊まって遊ぶ旅)に行っていた。
この時息子は7年生。コペンハーゲンの学校は10年生まであるが、アスコウの学校は、7年生までしかない。8年生からは、隣町の学校に行く。 だから、この旅は日本でいえば修学旅行のようなものだ。 行き先を話し合う時には、私もアスコウにいた。 親たちの意見では、ボーンホルム島(バルト海に浮かぶ孤島)がいいのでは、ということだったのだが、子供たちはコペンハーゲンを支持していた。 そちらの意見が通ったのだろう。
「12時にアマリエンボー城の王宮前広場で衛兵交替を見るから、そこで待ち合わせしましょう」。
コペンハーゲンの学校の方に早退することを連絡すると、「それはいいですね。楽しんでいらっしゃい」と言われた。 ちょうど日本から夫が来ていたので、3人で出掛けた。 王宮前広場に行くと、観光客が大勢、カメラを手にして並んでいる。 アスコウの子供たちはあちこちに散らばって首を伸ばしていた。 私たちを見ると、先生は「グダウ(こんにちは)、グダウ」と、手を振る。懐かしいアスコウ弁だ。 衛兵交替を見たら息子と別れるつもりだったのだが、「せっかくだからご一緒に」と言われ、私と夫も一行について行くことにした。
次に行ったのは、王宮の中。 王室御一家が離宮で夏を過ごされる間、王宮の一部がそのまま一般公開されるのだ。 玄関を入って、靴にカバーをつける。 「ここでは静かに。調度品にはさわらないように」。 先生がごく小さい声で注意する。 案内の人がついて、各部屋をまわる。 ロープすら張られていない。 その時はそれほどの感激も無く、部屋の装飾や飾ってあるお皿などをきれいだなあと思って眺めただけだったが、翌年女王在位25年の式典をテレビで見ていて、行ったことのある部屋が映ると、知人の家が映ったように思えてうれしくなった。 王室の人気が高く、女王に敬意と親しみを感じる人が多いのも分かる気がする。
王宮から外に出た時、夫が「ほおっ」とため息をついた。 「すごいねえ。ほんとに静かだったねえ」 「人が話している時は静かに聞くと、あなたが何度も言っていたけれど、ここまでとは思わなかった」という。 たしかに、王宮の中にいる時は、みなとても静かで、物音も立てなかった。案内の人の説明が聞こえるだけだった。
といって、整列していたわけでも、先生がにらんでいたわけでもない。 先生も生徒も自然に静かに歩き、見て楽しみ、静かに説明を聞いていた。 あまりに自然な雰囲気なので、夫に言われるまで気が付かなかった。
次に行ったロ−ゼンボー城でも、庭で休む時にはおもちゃの銃を撃つまねをしてじゃれあったり、寝そべっておしゃべりしたりしているのだが、先生が説明を始めると、寝そべったまま、話し手に顔を向け、さっと静かになる。 説明が終われば、またそれぞれのおしゃべりに戻る。 それは、「しつけ」とも違う印象の、ごく自然なものだった。
先生の怒鳴り声も、いらだたしい笛の音もない。 ローゼンボー城の見学の後、私は下の娘を迎えに行き、夫と息子は船での運河巡りにも参加した。 住んでしまうとかえって機会のなかったコペンハーゲン観光をすることができて、楽しい一日だった。
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