パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 3

自信

間違い気にせず、のびのび学習

東京新聞:1998年1月6日掲載

地域のリトミッククラブの練習で歌う子供たち=アスコウの学校の音楽室で

「人は間違いを通して学んでいきます」 「間違いを恐れないで」 日本でも、デンマークでも、何度この言葉を聞いたことだろう。 聞く度に「それはわかっている」と思っていた。

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しかし、ある日、担任の先生と長男、1対1での「特別デンマーク語」の授業を見学したときのこと。 ふと長男のノートを見た私はつづりの間違いに気付いた。 「あら」と思い、先生の顔を見ると、目で「黙っていて」と合図された。

授業の後で、先生は私にそっと言った。 「今大切なのは、どんどんしゃべり、どんどん書くこと。 つづりの間違いをいちいち直したら、彼は自信をなくして、もう書こうとしなくなるでしょ。 だから今は間違いを正さないのよ」

驚いた。 今まで、子供の間違いに気が付くと、つい口を出していた。 それが子供の自信を奪っていたのだろうか。 「間違う事はいけないこと」との思いを子供に植え付けていたのだろうか。

フォルケホイスコーレ(民衆大学)でのコーラスの時間が頭に浮かぶ。 初めてみんなで歌ったとき、あまりに下手なのにびっくりした。 特に、男の人たちは、お経を唱えているようだった。

音楽の先生は、にこにこと、それを気にもとめない様子で、次々にいろいろな歌を歌わせた。 上手な人も下手な人も、楽しみながら歌う。 日がたつにつれ、最初声の出なかった人もだんだん声が出るようになってきた。 周りの人につられ、メロディもついてきた。 そして、3ヶ月後には、ちゃんとすてきなコーラスになったのだった。

最初にいちいち直されていたら、下手な人は、歌う気をなくしてしまっただろうと思う。 もっとも、日本でなら、歌がここまで苦手な人は、わざわざコーラスの授業などとらないだろう。 私も含め、日本ではたいがいの人が持っている「自分はできないから、だめ」 という思いを、この人たちは持っていないようだ、と感じた。

日本へ帰国する直前に、公立学校の教員になるための教員養成学校(日本で言えば教育大学)を見学した。 その、英語の授業でも、英作文の間違いを赤ペンで真っ赤に直して返すやり方は、生徒の意欲を失わせるから避けるように、と指導していた。

劣等感を持たせず、やる気を失わせず、生徒と一緒に楽しみながら、本人が自分で気付く時を待つ。 こんなゆったりとした教え方ができるのも、テストをせず、成績をつけないからだろう。

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小さいときからテストをされ、成績をつけられる日本の子供は、 「間違わないことが一番よいこと」 との考えを心に深く刻み付けてしまう。 最高点の100点というのは、「間違いが一つもない事」なのだから。 それに加え、「同じ間違いを繰り返さないように」という指導もされる。 この中で育てば、未知のことに足を踏み出そうとしなくなるのは当然のことだろう。

それなのに、「今の子供は創造性がない、意欲に欠ける、冒険ができない」などと言われてしまうのでは、あんまりだ、と思う。

性急な評価をせずに、子供の内にある力を信じて、あせらずにゆっくりと待つことが私 たち大人にできるようになれば、日本の子供たちも、もっとのびのびとそれぞれの力を伸 ばしていくことができるだろうと思う。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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