デンマークの特別養護老人ホームで4ヶ月、デイサービスセンターで2ヶ月、ホームヘルパーとして1ヶ月研修をした友人が、最初に行った特養ホームで衝撃を受けたのは、「その人が決して使うことのない家具が部屋にあること」だったそうだ。 「痴呆が進んでいて、食事はすべて痴呆棟のサンルームでとり、部屋では車いすで過ごしている方の個室に、家族4人用の食卓や、ソファや飾り棚があるんですよ」。 個室には、自宅の家具をそのまま持ち込むことができる。壁の色や、カーテンも好みのものにする。
私が見学した施設でも、ゆったりとしたスペースに、大切にしてこられたであろう家具が置かれ、家族の写真、置物や絵などが飾られ、それぞれ個性あふれる部屋に住んでおられた。 家具などを持ち込めるのは、「環境が大きく変わると、痴呆が進んでしまう。 治療上の観点からも、なじみのあるものに囲まれて過ごす方がよい」という理由があってのことだった。
「私の知っている日本の特養ホームでは、個人のスペースはカーテンで仕切られたベッドの周りだけで、私物は、消灯台の引き出しに入る分しか持ち込めないんです。 日本にいた時は別に疑問を感じていなかったんですけど」
「デンマークでは、おしゃれな人は特養ホームの中でも最後までおしゃれを楽しんでいましたけど、日本では一日中パジャマで過ごさせる施設も多い。今働いている日本の施設では、できるだけ着替えさせるようにしていて、ホームに入る時に『ふだん家で着ている洋服を持っていらしてください』と言うのだけれど、『誰にも会うわけじゃないから、家でもずっとパジャマしか着ていない』と答える家族が多いんです。お年寄りの方も、『もう死ぬのを待つだけだから』とか、『迷惑ばかりかけて申し訳ない』と、小さくなっている方が多くて」
「役に立たない者は、人並みの待遇を受けられなくて当然」ということだろうか。
それに対し、デンマークの特養ホームのありかたには、「どんな状態にあっても、その人の人間としての尊厳を犯してはいけない」「人生の終わりまで、一日一日をその人らしく楽しんで暮らす権利が、だれにでもある」という考えを感じる。
デンマークでは、1987年以来特養ホームの新設が禁止されている。 在宅ケアに重点が置かれるようになったためだ。 これには、医療経費節減という財政的な点だけでなく、「できる限り、自分の家で普通の生活を楽しめるようにしよう」という意味がある。 そのため、設備の整った高齢者住宅の方はさかんに作られている。
配偶者以外の家族と住む高齢者はほとんどいないから、在宅の場合も、介護するのは、ホームヘルパーや訪問看護婦になる。 また、福祉に関するボランティアは存在しない。みな研修を受け、資格を持った専門家で、社会的地位も日本よりずっと高い。
コペンハーゲンのアパートには、お年寄りが多かったので、デイサービスセンターの車や、ホームヘルパーの方たちの姿を目にすることも多かった。 2階に住む、足の不自由なおばあちゃまは、「買い物と掃除、洗濯をしてもらうのよ」と話していた。 いつも部屋がきちんと整っていて、気持ちよさそうに見えた。
老人ホームも含めて、こうしたサービスの費用は、本人の収入に応じて利用者が負担する。 家族には支払い義務は及ばない。 貧富にかかわりなく、誰でも障害の程度に応じたケアが受けられる、ということだ。
デンマークの町の中や、電車の中などで出会ったお年寄りは、子どもたちを見ると、にっこり笑って話しかけてくれた。 日本のお年寄りに比べ、どこか余裕があるように感じた。「まさかの時」の不安が少ないからかもしれない。
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