パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 10

「自由時間の家」

大人の人権意識の違い垣間見る

東京新聞:1998年4月21日掲載

「自由時間の家」で遊ぶ子供たち

コペンハーゲンの学校では、学童保育は学校の近くに点在する「自由時間の家」(fritidshjem)という独立した施設で行っていた。 「2人分空いている」といわれて初めに見に行ったところは、学校から大通りを2回渡らないと行けない場所にあり、田舎から出てきたばかりの子供たちを通わせるのは不安だったので、迷った揚げ句に断った。

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それからが困った。他の「自由時間の家」には空きがないというのだ。 上の娘と下の娘では、授業の終わる時間が違う。まだ慣れない土地で、下の娘がひとりで帰ってきてひとりで家にいるというのは、よくないと思った。 といって、毎朝11時半に迎えに行っていては、私が大学の授業を受けられなくなる。必死になって、役所の担当の人に何度も電話をした。「自由時間の家」に直接頼みにいったりもした。

ようやく9月から下の娘だけが学校の隣にある「自由時間の家」に入れることになった。 新しく入る子供のための説明会が8月末にあった。 ボスニアから来た男の子とトルコから来たクルド人の女の子と私の娘の3人だった。

リーダーが部屋を案内し、親に対して保育の方針などを説明した。 それから、子供たちに向かって言った。 「ここでは何でもやりたいことをやっていいのよ。 でも、みんなが守らなければいけないルールが3つだけあるの。 これからその説明をします」

「1つめは、物を壊さないということ。 おもちゃが壊れたりすると、遊べなくなって困るでしょ。 2つめは、ここの庭のさくから外に出る時は、必ず大人の人に言うということ。 校庭に遊びに行ってもいいし、ひとりで家に帰ってもいいけれど、だれにも言わずに出てしまうと私たちがとても心配するし、何かあった時に助けに行けなくなるから、気をつけてね。 そして、3つめが一番大切なことだから、よーく聞いてね」

「他の子ををたたいたり、ひっかいたり、けとばしたり、髪を引っ張ったり、かみついたりしないこと。 それから、他の子の悪口を言わないこと。 眼鏡をかけている子や、太った子がいたとして、その子に『眼鏡かけてる』とか『太ってる』と言ったりすることは、本当のことだから悪口じゃないと思うかもしれないけれど、もしもその子が眼鏡をかけていることや、太っていることを気にしているとしたら、そう言われていやな気持ちになるでしょ。 それは言ってはいけないことなの」

「それから、他の子にたたかれたり、ひっかかれたり、けとばされたり、髪を引っ張られたり、かみつかれたり、いやな気持ちになることを言われたら、黙っていないで、周りの大人の人にそのことを言ってね。 先生に言えなかったら、お母さんやお父さんに言ってもいいのよ。 たとえば、『あなたはトルコ人ね』と言うのは、本当のことだけれど、もしあなたがいやな気持ちになる言い方で言ったとしたら、それはやってはいけないことだから、すぐに先生に言ってね。 黙っていると、悪いことをした人が、悪いことをしたと気がつかないから、よくないのよ」

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日本では、「みんな仲良く」「いじめはいけないよ」「思いやりを持って」などの言葉はしょっちゅう聞くが、こんなにわかりやすく具体的に「なにが許されないことか」説明してくれるのを聞いたことはない。 これなら幼い子供でも「たとえ意識的な悪意はなくても人の心を傷つけてはいけない」ことが理解できるだろう。 表現の背後に大人自身の人権意識の違いが見えるような気がする。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

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