パンケーキの国で 〜子供たちと見たデンマーク〜 ◆ 24

ヒュッゲ

デンマーク人の一番大切な言葉

東京新聞:1998年12月15日掲載

デンマーク人に「デンマーク人にとって、一番大切なことは?」と聞くと、たいてい「ヒュッゲ(hygge)」という答えが返ってくる。そのあとには必ず「これは、外国語には訳せないよ」という言葉が続く。その時の表情には、デンマークの文化に対する誇りと懐かしさのようなものが混ざっているようだ。

でも、ヒュッゲというのは、私たちにとっても、理解のむずかしいものではない。

どんな時のことをいうのか。たとえば、誰か親しい人の家によばれて、食事を食べたり、コーヒーと手作りのケーキをいただいたりして、ゆっくり時間を気にせずに、心ゆくまでおしゃべりし、軽い冗談を言っては笑ったり、心がくつろいで、なんだかぽっとあたたかい気持ちをその場にいるみんなが共有しているなあ、という感じ。

食事といっても、そんなに豪華なものではなく、フリカデラ(デンマーク風肉団子)とジャガイモのゆでたのだったり、煮込み料理だったり。

後から思い出しても、心がふわっとあたたかくなって、ついほほえんでしまう、そんなゆったりとしたとき。

特別に何、というわけではないけれど、生きていてよかったなあ、という気持ちになってくる。

花の咲き乱れる春や、輝かしい夏の日にも、親しい人が集まれば、こうした時を過ごせる。でも、風が吹いて、雨がびしょびしょ降る秋や、暗くて寒い冬は、とくにこういう時が心に沁みる。ヒュッゲを一番強く感じられるから2月が好き、と言う人さえいる。

クリスマスも、そうだ。ほとんどの人が家族と一緒にクリスマスを祝う。おじいちゃん、おばあちゃんのところに、普段は離れたところにいる子どもたちが孫を連れてやってくる。そして、一緒にあたたかい時を過ごすのだ。クリスマス・イヴの夕方は、電車もバスも便数が極端に減る。店も閉まってしまう。だれもが、家族と過ごす時をなによりも大切にしているのだろうと感じる。

◎ ◎ ◎

もう一つ、とても大切な言葉。オップリュスニング(oplysning=英語のenlightenmentにあたる)。啓もう、啓発、情報、などという意味なのだけれど、文字通り訳すと、「あかりをつけること」。従来の教育という言葉を嫌ったグルントヴィ(第20回で紹介)が使った言葉だという。

「それぞれの人が、自分の内にあかりを灯すこと。そして、そのあかりでたがいに照らし合い、影響を受け止め合って、ともに成長して行くこと。グルントヴィは、それが教育の意味だって言ったんですって」と、フォルケホイスコーレで出会ったレナが教えてくれた。それ以来、オップリュスニング という言葉を聞くと、なぜか 暗い冬の朝、ろうそくに火をつけるイメージが浮かぶ。自分の内にあるろうそく(?)にぽっと火を灯し、それが辺りを照らす絵。暗い12月、24個の目盛りのついたろうそくに毎朝火を灯して子どもたちとクリスマスを待っていたからだろうか。

ひとりひとりが持っているそれぞれ違うあかりで照らし合い、受け止め合うためには、どの人もありのままの姿で受け止められるような信頼関係が、ひとびとの間になりたっていなくてはならないだろう。それを支えるもとがヒュッゲではないか、という気がする。

◎ ◎ ◎

デンマークで過ごした2年間を振り返ると、いつも多くの人に受け止められ、支えられ、助けられていた。深い感謝を感じるなかで、ああ、すべてヒュッゲに包まれていたのだなあ、と思う。

伊藤美好(いとう みよし)

※ 東京新聞の了解を得て、インターネットに公開しています。

ご意見、ご感想は、io@itoh.orgまでお願いします。

[Io - Index] [パンケーキの国でToppage] [第23回]