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「国連・子どもの権利委員会」から日本政府への勧告のポイント
「国連・子どもの権利委員会」から日本政府への勧告のポイント
・日本政府への四十九項目の総括所見
・「評価する点」は三項目
・条約が社会に浸透していない
・データが不十分
・機関間の調整が不十分
・独立したチェック機関が必要
・条約の一般原則をすべての施策に反映させよ
・教育システムへの懸念
・プライバシー、体罰や虐待、性的搾取などの問題
・少年司法
・子どもの最善の利益を中心に、子どもと一緒にシステム作りを
子どもの権利条約は、世界一九一カ国で採択されています(採択していないのはアメリカ とソマリアのみ)。国連子どもの権利委員会は、子どもの権利条約第四四条に基づき、 各締約国が子どもの権利条約の実施に努めているかどうかをチェックするために設けられ た機関で、十人の専門家で構成されています。
各締約国は、条約をどのように実施してきたかに関する報告書を定期的に委員会に対し て提出します(条約発効後二年以内に最初の報告書、その後は五年ごと)。委員会は、他 の国際機関やNGOの情報も参考にしながら、その報告書を審査し、その審査に基づいて、 締約国の政府に対して、問題点の指摘や、改善のための提案・勧告を盛り込んだ総括所見 を出します。
日本政府の提出した第一回報告書に基づく審査は、一九九八年五月二十七日・二十八日 に国連子どもの権利委員会で行われ、同年六月五日に総括所見が出されました。
総括所見は四十九項目、うちわけは、序文二項目、評価する点三項目、懸念事項二十二 項目、懸念事項に対する勧告および提案二十二項目となっています。
評価する点としては、一九九七年の児童福祉法の改正と、婚外子のための児童扶養手当 の権利をすべてのシングルマザーに保障することを目的とした一九九八年五月の決定、日 本国籍の子どもを育てている外国籍の母親の在留資格に関する一九九六年の出入国管理規 則の改正と、一九九七年に開催された「こども国会」が、挙げられました(三項、五項)。
また、審議の中で、代表団が拷問禁止条約の批准を「現在検討している」と言明したこ とも、挙げられています(四項)。これは、学校での体罰に関して出された質問に対する 発言です。では、どのような問題点が指摘されたのでしょうか。
子どもの権利条約が実施されるためには、まず、権利条約の規定と、その考え方を、子 どもも、おとなも、みんなが知ることが必要です。しかし、日本では、条約そのものや、 「権利の完全な主体としての子ども」という、条約を支える考え方が、社会に十分に浸透 していないと指摘されました。権利条約が国内法に優位し、裁判所で直接適用できるにも かかわらず、裁判所で直接適用されることがほとんどないこと、学校のカリキュラムに人 権教育が体系的に取り入れられていないことも、指摘されました。そして、子どもに関わるあらゆる専門家を対象として、子どもの権利に関する体系的な 研修プログラムを実施すること、条約を教育のカリキュラムに組み入れること、条約全文 を民族的マイノリティの言語でも入手可能にすることなどが提案されました。また、政府 が委員会に対して提出した報告書と、委員会の質問に対する政府の文書回答、委員会での 審議の要録や総括所見を、まとめて刊行し、一般の人に広めるように、勧告されました (七項、十一項、二三項、二九項、三三項、四四項、四九項)。
次に、子どもに関する政策を計画するためには、正確で詳細なデータが必要になりま す。しかし、ことに障害を持った子ども、施設に収容された子ども、民族的マイノリティ の子どもなど、傷つきやすい立場に置かれた子どもたちに関するデータや、性的虐待を含 む、家庭内での虐待などに関するデータが不十分であることが指摘されました。そして、 データ収集システムを発達させるようにという勧告がされました(九項、三一項、三五 項、四〇項、四二項)。
それから、政策を実施する機関の問題です。たくさんの省庁や公的機関の間の調整が不 十分なため、ばらばらな対応がなされたり、政策に矛盾が生じたりする危険が指摘されま した。 子どもに関して、統一のとれた政策がとられるために、子どもの権利に関するさ まざまな政府機関間の調整を強化するように、ということが勧告されました(八項、三〇 項)。公的機関とNGOの協力が不十分という指摘もあります(十二項、三四項)。
では、政策がきちんと実施されているか、子どもの権利が守られているかどうか、チェック する機関についてはどうでしょうか。政府は、一九九四年に「子どもの人権専門委員」制度 を創設しましたが、これが政府から独立した機関でないことが問題とされ、独立した監視機 構を設立するように、と勧告されました(十項、二七項、三二項)。
今ある「子どもの人権専門委員」の制度を改善するか、子どもの権利だけを取り扱うオンブ ズパーソン、又は特別な委員を置く制度を創設するよう提案されました。こうした監視機構 は、政府から独立していること、制度化されていて、十分な財源とスタッフを持つこと、 権利侵害から子どもを救済するための法的な権限を持つこと、一般の人や子どもにとって 利用しやすいこと、子どもに焦点をあてたものであることが必要だと、審議の中で指摘さ れています。そして、なによりも、日本政府が、政策の論議、法律の制定や改正、行政上の決定、そ の他子どもに影響を与える計画を立てたり実施したりする際には、条約の一般原則を反映 させるように、ということが強く勧告されました(一三項、三五項)。
条約の一般原則とは、「差別の禁止」(第二条)、「子どもの最善の利益」(第三 条)、「生存と発達の権利」(第六条)、「子どもの意見の尊重と参加する権利」(第一 二条)を指し、権利条約を支える四本の柱ともいわれています。
「差別の禁止」に関しては、婚外子に対する相続など法律上の差別的な取り扱い、在日 コリアンやアイヌなどをふくむ民族的マイノリティの子どもたちに対する差別的な取り扱 いを正すように、また、男女の最低結婚年齢の差をなくすように、という指摘がされてい ます(一三項、一四項、三五項)。
また、障害を持った子どもの、教育を受ける権利の確保や、社会へのインクルージョン を促進するための手立てが不十分だと指摘され、施設などに隔離することに代わる対策を とること、差別を減らし、インクルージョンを促進するための意識啓発キャンペーンをす るよう提案されました(二〇項、四一項)。インクルージョンというのは、障害を持った 子どもを社会に適応するように変えるのではなく、子どもがそのままで普通に暮らしてい けるように、子どものニーズに合わせて社会の方が変わっていくという考え方です。審議 の中では、障害を持った子どもの教育に関する決定に子どもや親が参加しているか、子ど もや親の意見が尊重されているか、ということが問題にされています。
国際養子縁組が「子どもの最善の利益」に沿ってなされるよう、権利の保障をするため の措置をとること、施設に入っている子どもたちに、家庭環境に代わるものを確保するた めのしくみをしっかりとさせることも、勧告されました(十七項、十八項、三八項、三九 項)。
さらに、子どもたちが一般に、社会のあらゆる分野、とくに学校で、「参加の権利」を 十分に行使することができないでいることに、強い懸念が表されています(一三項)。子 どもの意見が、裁判所でも、施設でも、学校でも、家庭でも、十分に尊重されていないこ と、校則やカリキュラムを決めるといった、学校の運営に子どもたちが参加していないこ と、子どもたちが学校の内外で政治的な活動をすることが許されていないこと、などが、 審議の中で何度も指摘されています。
そして、日本の教育システムに対しては、非常に厳しい懸念が示されています。
まず、日本の教育システムがあまりに競争的なため、子どもたちから、遊ぶ時間や、か らだを動かす時間や、ゆっくり休む時間を奪い、子どもたちが強いストレスを感じている こと、それが子どもたちに発達上のゆがみを与え、子どものからだや精神の健康に悪影響 を与えていることが指摘され、適切な処置をとるよう勧告されています(二二項、四三 項)。これは、権利条約の一般原則や規定のうち、特に「子どもの最善の利益」(第三条)、 「生存と発達の権利」(第六条)、「子どもの意見の尊重と参加する権利」(第一二 条)、「教育の目的」(第二九条)、「休息、余暇および遊びへの権利」(第三一条)に 関わるとされています。
子どもの権利条約第二九条一項では「教育の目的」として、
(a)子どもの人格、才能ならびに精神的および身体的能力を最大限可能なまで発達させ ること。
(b)人権および基本的自由の尊重ならびに国際連合憲章に定める諸原則の尊重を発展さ せること。
(c)子どもの親、子ども自身の文化的アイデンティティ、言語および価値の尊重、子ど もが居住している国および子どもの出身国の国民的価値の尊重、ならびに自己の文明と異 なる文明の尊重を発展させること。
(d)すべての諸人民間、民族的、国民的および宗教的集団ならびに先住民間の理解、平 和、寛容、性の平等および友好の精神の下で、子どもが自由な社会において責任ある生活 を送れるようにすること。
(e)自然環境の尊重を発展させること。 (以上、国際教育法研究会訳)とありますが、日本の教育制度は、この目的を満たしていない、と言われたわけです。審 議の中では、競争の激しさとともに、カリキュラムや校則に柔軟性がないことが指摘され ています。子どもたちが学校の運営にかかわっていないこと、学校で子どもの意見が尊重 されていないことは、ここにも関連してきます。
自殺をする子どもが多いことも、教育システムの生み出すストレスと関係があるのでは ないか、と、審議の中で指摘されており、防止のための措置をとるように勧告されていま す(二一項、四二項)。
また、学校において、暴力がはびこっていること、とくに、体罰といじめがあることに ついて懸念が示され、体罰といじめをなくすために、包括的な対策をとるように勧告され ました(二四項、四五項)。
こうしたストレスの多い教育環境の影響で、いわゆる「登校拒否」の子どもが多いとい うことにも、懸念が示され、適切な対応をとるように勧告されました(二二項、四三 項)。ただ、ここで注意したいのは、審議の内容などから判断すると、適切な対応という のは、登校を強制したり、施設にいれたりするというような、子どもを学校に適応させる ための対応ではなく、学校や教育システム自体を子どものニーズに合うように変えていく ことであると考えられる点です。ここにも、インクルージョンの思想がみられます。
また、子どものプライバシーが、家庭でも、学校でも、施設でも守られていないことが 指摘され、プライバシーの権利を保障するために、法的措置を含めた対応をするよう、勧 告されました(一五項、三六項)。
学校だけでなく、家庭や施設においても、体罰や虐待が行われていることが指摘され、 家庭や施設での体罰を禁止する法律を作り、子どもの人間の尊厳をそこなわないようなか たちで、しつけや規律の維持が行われるように、意識啓発キャンペーンを行うことが勧告 されました(十九項、四五項)。
子どもポルノや売買春などの性的搾取、有害情報、薬物やアルコール類などから子ども を守り、また、被害を受けた子どもに対するリハビリテーション・プログラムを支援する ことも勧告されています(一六項、二五項、二六項、三七項、四六項、四七項)。
最後に、少年司法に関しては、権利条約の規約と、少年司法に関する国際規約に沿うよ うに、制度の見直しを図ることが勧告されています。ことに、不服申立ての手続きを、子 どもにとって容易で、しかも安心してできるものとすること、また、身柄の拘束に代わる 教育的な措置を確立すること、代用監獄を廃止することなどが、勧告されています(六 項、二十七項、二八項、四八項)。
こうしてみると、日本では、さまざまな立場の子どもたちが、社会のあらゆる場面で、 意見を尊重されず、参加の権利を行使できず、自らの権利について十分な知識を持たない まま、暴力や虐待や強いストレスにさらされている、と指摘されたことがわかります。
そして、この状況を変えるためには、おとなが自分たちの都合で一方的に制度をつくり あげて、そこに子どもをはめこむのではなく、子どもの意見を聞き、「子どもの最善の利 益」を中心において、子どもと一緒にシステムを作っていくことが大切だという勧告を受 けたのです。
この審議で議長を務めたカープさんは、一九九八年十二月に来日し、講演をされた際 も、子どもの意見を聞くことの大切さ、子どもがあらゆる政策決定のプロセスに最初から 参加することの必要性を、繰り返し強調されました。
「子どもの希望や選択は、子どもがおとなと話し合うことができなければ、おとなに伝 わりませんし、子どもがどう思っているかわからなければ、おとなは『子どもにとっての 最善の利益』が何か、けっしてわからないのです」「子どもこそが子どもの専門家なので す」と。
しかし、最近の少年法「改正」や「教育改革」をめぐる論議からは、子どもの意見を聞 き、子どもとともに「子どもの最善の利益」を考える、という視点がまったく欠落してい るように感じられます。
日本政府による第二回報告書の提出期限は、二〇〇一年五月。審査は二〇〇三年に行な われる予定です。私たちは、日本の子どもたちをめぐる状況を、どこまで子どもの権利条 約の考え方に沿うものに変えていけるでしょうか。
伊藤美好 miyoshi@itoh.org社団法人千葉県人権啓発センターの月刊情報誌『スティグマ』2000年10月号に掲載されたものです。
小見出しは、今回新しくつけました。